私なら言葉だけでなく高所恐怖症にする。

フランス語会話 スペイン語会話 英語会話・・・・と世の中いろんな言葉が会話の中に溢れている。

そんなかで互いにコミュニケーションをとっていくのは大変なことだ。

全員がその言葉を話せるのなら話は別だが。

そんなんで思い至るのは、「バベルの塔」の話だ。

人が天に近すぎたせいで言葉が通じなくなったという話は斬新だ。

言葉が通じなくなるだけで、人はこんなに混乱してしまうのだから。

まー私が神なら、言葉だけでなく高所恐怖症にするが。

というかその方が手っ取り早い気がする。

それを克服する可能性も充分あるが・・・・

人生は”ナンパ”だ

人生の一つに例えよなんて問題があるとするなら、「人生とは、成功するためにナンパをするべし」と回答する。

別にイヤらしい意味とかそういうことではない。

捉え方や視点を変えてみて、「ナンパ」=「声かけ」ということでだ。

回答として、最初から声かけでもいいのではなんて思う人もいるだろうが、それでは回答として面白くないと思う。

この回答も「ナンパ」のうちだ。

ようは会話なのだ。

こちらから声をかけなくては、積極的にいかなくては成功するものもしないということを意味してであるが。

まぁうまく言えた義理でもないが、成功なんてのは自分から呼び込むものなのだから。

生きていくために。

日本での大人と子供の違いって何だと思う?

そりゃあたくさんあると思うけど、恐らくは「働く」という行為だ。

もちろん例外も一部いるが、だいたいの子供は至って普通の子。

その行為を行うってことはない。

そしてそれに伴い、就活っていう人生の面接の一部に直面してる子も少ない訳だ。

えらそうに聞こえるかもしれないが、これは事実だと思うので間違ってないと思う。

街中で一人、用もなく歩いていて大人に手を引かれる子を見ると、ついそんな風に考えるようになった。

生きていくために社会と直面しなければならないのは、ある意味で残酷のような気がする。